居場所となること

増子 徳幸(ましこ・のりゆき)

私は学士編入で、大学が男性の受け入れを始めて(※)2年目に入学しました。前の大学では男声合唱にのめり込んで男性に囲まれて過ごしていましたので、入学当初は女性の級友や先生との距離感がわからず、自分の居場所が見つけられず、退学した方がいいのだろうかと幾度も悩みました。その度に同期や後輩の男子学生が私の話を聞き、共に過ごして気持ちを和らげてくれました。当時、中央区の銭湯は月に1日無料になる日があり、男子学生数人と裸の付き合いをしたのは良い思い出です。

そんな学友たちに支えられながら月日が進み、3年生の臨地実習の折。老年期看護の実習で高齢者施設に通いました。そこで私が担当させていただいたのはご高齢の女性で、記憶力や認知力の低下があり施設に入所されてからはご家族との交流が疎遠となっている方でした。ADL(※)は自立されていて、個室に伺うとニコニコ笑顔で迎えてくださり、さまざまな思い出話をしてくださいます。正直、この実習期間中に看護として何をすればいいのか?と迷うこともしばしばでした。

実習最終日、今日で最後であることを告げるとその方は冷凍庫からアイスクリームを出して私に振る舞ってくださいました。振る舞い物は厳に断るようにと先生からご指導いただいていましたが、さすがに断るのも忍びなくいただきながら最後を過ごしました。時間が来て「それでは」と席を立った瞬間、その方が私に近づき「こんなところに来てくださってありがとうございました、ありがとうございました」と強く手を握って泣きながら何度もお礼をされました。部屋を出て、「涙を流されるまで自分との時間を惜しんでくれたあの方に、自分は一体何ができたのだろうか」と思ったところで、ただ居るだけ、話を聞くだけの自分をこんなにもありがたがってくれたことにありがたく、非常階段を下りながら泣けて仕方ありませんでした。

聖路加での辛い日々と印象的な実習は、私に「居場所」「居ること」の大切さを教えてくれました。私は今、精神科の訪問看護師として働いています。その中で、地域に住まう当時者の方にとって、心底ホッとできる居場所や本音をさらけ出せる機会が生活の中にないという状況に立ち会います。そんな時に、自分はそこに居て話を聞くだけかもしれないけれども、少しでもその方の気持ちが和らぐことを願います。私との関係性そのものが快い「居場所」のひとつとなれるように。

Profile

Class of 2005。訪問看護師。一般社団法人てとてリンクよこはま訪問看護ステーション勤務。

大学が男性の受け入れを始めて
本学は創設以来、そのミッションの一つに女子教育を掲げてきたが、男女雇用機械均等法の施工などから、看護学部では2001年度入学生から男子の受け入れを開始した。

ADL
Activities of Daily Living:日常生活動作。人が日常生活において繰り返す、身の回りの活動や動作のこと。

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