骨身に染みたお説教

細谷亮太(ほそや・りょうた)

私が小児科の初期研修医として聖路加国際病院に就職したばかりの昔の話。当時から聖路加は現在のスーパーローテート(※1)に近い研修方式を採用していたから、1年目のレジデントの私は内科、外科、産婦人科の順に他科の病棟から研修生活を送ることになった。

その頃(1972年)、内科は2階、3階に複数の病床を有し、それぞれのセクションにヘッドナース(主任)、アシスタントヘッドナース(主任助手)が居り、その上に各科のスーパーバイザーと呼ばれる統括責任者たるナースが君臨していた。その威厳たるや1年目の研修医などは直接口も利けないほどのものだった。

ところが、ある日、私はある失敗をやらかし、ナースステーションの奥の立派なスーパーバイザーの部屋にひとり呼びつけられ、こっびどく説教をくらうはめになった。

気管切開の後、カニューレ(※2)を使用していた患者さんが病棟にいた。朝の廻診で「もう抜いてもよい」と受け持ちの先生に言われた私は、その日の忙しさにかまけて、夕方近くに抜去。ところが夜になって気道狭窄(※3)が起こり、内科当直では対処しきれず耳鼻科のオンコール(※4)を呼んで何とか気管カニューレの再挿入に成功した。その翌日の大目玉だった。

沢井美智子(※5)さんという恰幅の良いスーパーバイザーが私に言ったのは「医療現場は人の生命に関わっているのだということを肝に命じて行動しなければいけません。少しでも危険だと思う処置をする時には、人手の充分な時間を選んでやるべきです。今回のような混乱を避けるには、気管カニューレの抜去等は昼のうちに済ませるというのが医療者の常識です」。

先輩の医者が教えてくれない「医療者の常識」講座のプロローグだった。その後、私が聖路加国際病院の臨床の最前線で働いた40年余りを無事に過ごすことができたのは、はじめにこの沢井さんからのお説教があったからだと思っている。沢井さんに続いて私にさまざまな医療者としての常識・ルールを教えてくれたナースの諸姉妹に心から感謝したい。

Profile

医師。聖路加国際病院顧問。専門は小児がん、小児のターミナルケア、育児学。

※1 スーパーローテート
2004年に始まった医師の新しい臨床研修制度。幅広い診療能力を習得するため、卒後2年間は様々な科を経験する。

※2 カニューレ
心臓・血管・気管・傷口等に挿入する管の総称。

※3 気道狭窄
呼吸の際に空気が肺に流れる気管が細くなり呼吸ができなくなる状態。

※4 オンコール
救急患者或いは入院患者の急変時に、何時でもその対応ができる様に待機している勤務形態。

※5 沢井美智子
1950年聖路加女子専門学校卒業。1952~1973年、聖路加国際病院勤務。

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