あふれかえったサリン被害者

石松伸一(いしまつ・しんいち)

1995年3月20日の地下鉄サリン事件では、当日1日で640名、その後1週間で合計1210名の新患(被害者)を受け入れました。この数は都内でも一番多く、一躍、聖路加を有名にした事件でした。


この日、月曜日の朝の静寂を破ったのが、8時16分の東京消防庁からの「地下鉄日比谷線、茅場町駅で爆発火災発生」という連絡でした。当初はテロの認識はなく、単なる地下鉄の事故か何かと思っていましたが、時間が進むにつれサリン毒に苦しむ多くの患者さんが消防、警察、あるいは民間の車両で運ばれるだけでなく、歩ける人が自力で直接来院し、救急外来と院内は多くの被害者であふれかえり、騒然としていました。


そのような時、非番(休み)であったにもかかわらずテレビの報道を見て駆けつけてくれた2人の救急部ナースがいました。私は「いつものメンバーがいるな」としか思っていませんでしたが、非番で駆けつけてくれたことを知ったのはずっと後のことでした。2人はテキパキと処置をこなし、不安そうにする被害者の方々に声かけを行ってくれていました。


このような多くの職員の一丸となった対応で、かろうじて難を乗り越えることができました。きっとこの病院はこれまでもこの2人のように、スタッフ一人ひとりの医療に懸ける情熱に支えられてきた病院で、これからもこのような思いが病院を支えていくんだろうなあと思い、ますます聖路加が大好きになったエピソードでした。

Profile

医師。聖路加国際病院副院長・救命救急センター長・救急部部長。

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